Japanese chess / 将棋盤と駒

Japanese chess / 将棋盤と駒

将棋盤 01

家の掃除をしていたら、懐かしいものが出てきた。将棋盤と駒だ。もう何年も将棋を指していない。モノはすぐに手放すように習慣づけている。なのでこれも手放せるかと思ったが、これはきっと手放せない、と思う。わたしとこの将棋は深く結びついている。これを手に取り、様々な記憶が蘇ってきた。

将棋とわたしについて

将棋盤 02

小学校の時に、友人に教えてもらったのがわたしと将棋の出会いだ。ルールを覚えてやってみるとすごく面白くて、すぐにのめり込んでしまった。わたしが将棋を覚えたことを伝えると祖父はたいそう喜んでいた。祖父にとっての息子、私にとっての父は将棋をしなかったからだろう。そんな私に両親は将棋盤と駒を誕生日に買ってくれた。

祖父はわたしは毎日、夕食後に将棋を指すようになった。祖父は強かった。最初の数年は全く歯が立たなかった。しかし、やがて10回に1回は勝てるようになった。これだけ負けても、よく将棋を辞めなかったなと思う。そして孫であっても、そしてゲームであったも、勝負事に手を抜かない祖父の負けず嫌いな性格は、今振り返っても微笑ましく思う。

相変わらず、祖父には負け続ける日々を過ごしながらも、少しづつ力をつけていった。そして時は過ぎた。少しずつ将棋が疎遠になっていった。そして祖父との関係もまた然りだ。わたしは高校を卒業し、一人暮らしを始め、社会人になった。徐々に、将棋を指すことが少なくなっていった。

そして祖父が亡くなった。

この時から、わたしと将棋を繋ぐ最後のか細いつながりが、途切れてしまった。そして将棋の対戦相手がいなくなってしまったことも意味した。今では私の生活圏内において将棋をする人に、巡り会うこともない。アナログのわたしには、ネットで将棋を指すことにどこか苦手意識があるようで、その一歩がどうしても踏み出せない。

現在、将棋界では藤井プロが登場し、世間ではブームだなんだと賑やかで、多少の盛り上がりを見せているようだ。心なしか、新聞に「将棋」という文字が出る機会も増えたような気がする。聴いた所によると、彼が幼少期の頃に使用していたおもちゃなどが売れているらしい。

わたしに将棋を教えてくれた友人は、10代の頃に交通事故で亡くなっている。毎日指した祖父も、今はもういない。そして将棋盤と駒だけが残った。将棋に関わる大切な2人がいなくなったことで、わたしの将棋の思い出は、どこか悲しいものになってしまった。

将棋界のスターの登場と将棋に湧く世間とその喧騒が、なぜだろう、なおさらわたしを寂しくする。それでも手放せないのは、これが私にとって大切なものなのだろう。そしていつかまた誰かと指す日を、私自身、心の底では待ち望んでいるのかも知れない。

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