ECM Recordsとわたし

物事に始まりと終わりがある。つまり人生は有限だ。したがって聴ける音楽の数にも限りがある。と言ったら少し大袈裟だろうか。何も音楽に限った話でなく、映画にも、本にも、迎える朝の数、夕日を眺めることのできる回数、夕飯の回数にだって限りがある。音楽が好きなのでたまたまそういう表現になっただけのことだ。

Sheltering Sky ( シェルタリングスカイ)の著者であり、私の好きな作家の1人であるPaul Bowles (ポール ボウルズ)は作中で次のように言っている。

“Because we don’t know when we will die, we get to think of life as an inexhaustible well, yet everything happens only a certain number of times, and a very small number, really.

How many more times will you remember a certain afternoon of your childhood, some afternoon that’s so deeply a part of your being that you can’t even conceive of your life without it? Perhaps four or five times more, perhaps not even that.

How many more times will you watch the full moon rise? Perhaps twenty.
And yet it all seems limitless.”

訳文:人は自分の死を予知できず、人生を尽きせぬ泉だと思う。だが、物事は数回起こるか、起こらないかだ。自分の人生を左右したと思えるほど大切な子供の頃の思い出も、あと何回心に思い浮かべるか?せいぜい4,5回思い出すくらいだし、ちょっとしたもっと少ない。あと何回満月を眺めるか?せいぜい20回だろう。だが人は無限の機会があると思い込んでいる。

さて、極端な例を挙げているように聞こえるかもしれないが、「聴く音楽がある」ということは、「聴かない音楽」があるということでもある。つまり選ぶということは、ある可能性を断ち切ることに通じる。当たり前の話だ。聴ける音楽に限りがある、ということは切ない事実だからこそ、才能豊かな音楽家との出会い、素晴らしい楽曲とその作曲家との出会いはこの上ない喜びだし、そうした充実した視聴体験を一層求めたりする。このプロセスの中で絶えず可能性の模索と断念が繰り返されている。

音は発音されてから、時間の経過とともに減衰し、消えていく。したがって音の集合体である音楽もまた同様の運命は避けられない。音楽は時間という牢獄の中で生まれ、終わりに向かって進んでいくかのようだ。また音楽と時間の関わりについて、マスタリングエンジニアであるオノ・セイゲン氏が紹介する形でECM records(イーシーエムレコード)の創業者Manfred Eicher (マンフレート・アイヒャー)の興味深い発言が「ECMの真実 改訂版」(河出書房新社)に掲載されいる。曰く、

「音楽とは時間軸に感情を織り込んだもの」

これが時間という概念についてECM Recordsの考え方を表したものの1つだろうと思う。私は11枚、ECM Recordsの作品を365日かけてを聴き、言語化するというプロジェクトに2016年から2017年にかけて取り組んだことがある。冒頭の言葉を引けば、限りある時間をECM Recordsに捧げた訳だ。それは掛け値なしに素晴らしい時間であったし、まるで美しい旅のようであった。このプロジェクトはManfred Eicherが好んで引用する聖ベルナールの寸言がベースになっている。

“If you wish to see, Listen. Hearing is a step towards Vision.”
「見ることを欲するなら、まず耳を傾けよ。 傾聴することはヴィジョンへの第一歩である」

また次のフレーズはECM Recordsを形容するときにしばしば使用される言葉である。

“The most beautiful sounds next to silence.”

「沈黙に次いで最も美しい音」とでも訳そうか。出所はあるアメリカ人ライターによるECM Recordsの作品のレビューで使われたものだそうだ。しかしこのフレーズはもはやECM Recordsのコンセプトとして流通している。このフレーズのみが抜き出され、が一人歩きすると様々な解釈が読み取れることが出来るが、BGMというよりは、ややストイックさを感じさせ、どこか耳を凝らさなければいけないニュアンスを想起させる。

誤解を恐れずに言えば、ECM Recordsはリスナーに強いるレーベルである。BGMであることを許さず、理由はその静けさ故である。静謐でありながら、音楽的な強度が高く、古典的であるとともに、前衛的でもあり、すなわち個性が強く、片手間で聴いては、片手間な響きしか得られず、そして安易に心を開いてくれない類の音楽。端的に静謐なのに情報量が多い音楽、とも言える。(New Seriesにその傾向が顕著で、だから面白い。)これをひたすらリリースし続けているECM Recordsとは一体なんなのだろうか。

その根本にあるのが創業者でありプロデューサーでもあるManfred Eicher その人間の存在だ。ECM Recordsとは何かを一言でいうと上記に述べたThe most beautiful sounds next silenceではなくもっとシンプルで「Manfred Eicher が聴きたいと思える音楽を聴くレーベル」なのだ。彼が品質管理責任者であり彼なら間違った音源を作らないという信頼がECM Recordsを支えている。

はて、なんの話か。

聴ける音楽の数にも限りがある、という話だ。時代の流れはより速くなり、それに伴い音楽の寿命は著しく短い消耗品となった。しかしECM Recordsは消費されない。むしろ新たな音源が出るたびに新しい挑戦と美しさとが提示され、それに呼応するように過去のカタログたちは、よりいっそうその輝きを増すばかりだ。

音楽が始まり、そして終わるように人の人生がいずれ終わりを迎える。その時は、必ず来る。しかし、僕は限られた時間をリスナーとしてECM Recordsに捧ぐことになんの迷いもない。

カテゴリー: 2018