yumiko iihoshi porcelain tokyo showroom & shop / イイホシ ユミコ ポーセリン 直営店

yumiko iihoshi porcelain / イイホシ ユミコ ポーセリン

妻が急須が欲しいとのことで、青山にあるイイホシユミコさんのブランドiihoshi yumiko porcelainの直営店へ、近場に用事のあるタイミングで立ち寄ってみた。

yumiko iihoshi porcelain / イイホシ ユミコ ポーセリン 好きな理由。

もともとLucie Rie / ルーシー・リウ (オーストリア、ウィーン出身の陶芸家、1902 – 1995年)がすごく好きでその理由と少し似ている。(静岡県立美術館で開催された没後20年展はいまだに忘れられない。)

端正で凛とした佇まい。柔らかな曲線とシンプルで素朴な造形、鮮やかな色使いなどが共通項だろうか。これはそのまま私の好みでもある。

イイホシさんとの出会いも、先にプロダクトに惚れ込んだ結果、辿り着いたという流れなため、あくまで自分の感覚とあっていたのだと思う。

yumiko iihoshi porcelain tokyo showroom & shop / イイホシ ユミコ ポーセリン 直営店

iihoshi yumiko porcelain 03 花

鮮やかなピンクが春の訪れの近さを感じさせる。器のピンクも鮮やかなのだが、心地よい色合い。なかなかこういう色は見ない。

iihoshi yumiko porcelain 07 お皿 白

こちらは非常に抑制の効いた控えめな皿。果物がよく映える。主人公は器そのものではなく、食材・食べ物そのものだ、と思わされる。

iihoshi yumiko porcelain 05 コーヒーカップ

私はこのコーヒーカップのONIBUS COFFEEオリジナルバージョンを使用している。そのコーヒーカップとの出会いががiihoshi yumikoさんを知ったきっかけでもある。

iihoshi yumiko porcelain 08 小さいお皿 色々

数点欲しかったお皿があったが子供がまだ小さく割ってしまうからと窘められる。では、小さいのはどうだろうと物色。とても可愛い。

iihoshi yumiko porcelain 09 入れ物

箱のチョイスにも味があり、店内のインテリア、プロダクト、そしてブランドにあった雰囲気。店員さんの制服も白衣で、どこかラボというか、インダストリアルな雰囲気が醸し出されていた。

まとめ

私が求めている器は、端的に言えば「究極のベーシック」ともいうべきものかもしれない。必然性の塊と言ってもいい。その点、イイホシユミコさんの作る食器はわたしの感性にぴったりのような気がしている。

なお、妻と私は急須の大サイズを買って帰った。これで珈琲が好きな私、お茶が好きな妻。いずれもイイホシユミコさんのプロダクトで飲んでいるということになる。ちょっとした幸せだ。

ちなみに家に帰ってからイイホシユミコさんを題材にした本を読み、その一端を垣間見えた。

関連本:イイホシ ユミコ, 一田 憲子 / 今日もどこかの食卓で

Book information

著 者 :イイホシ ユミコ, 一田 憲子
タイトル:今日もどこかの食卓で
出版社 :主婦と生活社
出版日 :2012/6/15

review

この本で彼女が社会人になってから、大学に入り直し、陶芸を学んだことを知った。そして本のタイトルで示唆されているように彼女の器に対する制作態度は次のようなものだった。

「嬉しい日にも、悲しい日にも人は必ず食事をするもの。そんな食卓に並ぶ器は、できるだけ、ひっそりとしていたほうがいい。どんな気分にもどんな料理にも寄り添ってでも、気がつけば、記憶の中にいつもある。そんな器が作りたい。」

「人は毎日必ず食事をする。でも、食卓につくときに、いつも機嫌がいいとは限らない。いいことがあってウキウキしている日もあれば、何かがうまくいかなくて落ち込むときもある。いろんな気分があるからこそ、食卓の上の食器は、主張しすぎないほうがいい。作家の作意が立ちすぎないほうがいい。使う人の日常にそっと寄り添う器を。それがイイホシさんが作りたいと思う器だった。だから、自分では、なるべく手の跡を残さないように、自分の気配を感じさせないように作る。反対に工場で誰かに作ってもらう器は、なるべく手の温もりを残すように作る。こうして、手作りとプロダクトとの境界にあるものを作りたいと考えた。」

自分らしさ=作家性を消し去った先に残るもの。それは「人に寄り添う器」ともいうべきものだ。器があって人がいるのではない。人がいて、その傍に器が佇んでいる、という在り方。この思想そのものが、イイホシユミコという作家性ではないだろうか。

本人が好んでいる形についても触れられていて、大変興味深い。まさに彼女の作るプロダクトを言語化するとこのようになるのだろう。

「しっかりしているのに華著。自身もそんな作品が作りたいのだという。さらに、もうひとつ、器に求めているのが、「エレガントである」ということ。「質実剛健なんだけど、ちょっとエレガントなものが好きですね」と語る。ただすっきりしているだけでなく、ラインと口や手のちょっとした始末が柔らかい。相反する要素が美しいバランスで共存する器だ。」

最後にイイホシユミコさんのメッセージがあったのでここに載せる。

「わたしの作る器が少しでも多くの人の思い出の一部になることを願う。」

すでに彼女の作る器は、私の生活の一部となっていて、それはこれからもきっと続いていく。そしていつか振り返ったとき、思い出の一部となるのだろう。

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